高齢化が進む日本では、転倒は骨折などの大きな怪我だけでなく、活動能力の低下や要介護状態につながる深刻な問題です。
特に屋内での転倒が多く、その原因として滑りやすい靴下や脱げやすいスリッパが挙げられます。
安全で自立した生活を長く続けるためには、転倒予防が非常に重要です。
そこで注目されるのが「介護予防靴」です。
この記事では、介護予防靴の必要性から、具体的な選び方、人気のブランドまで、専門家の意見も交えながら詳しく解説します。
なぜ介護予防靴が必要なのか? 目的と利点

介護予防靴(ケアシューズ、リハビリシューズとも呼ばれます)は、高齢者の転倒リスクを軽減し、安全な歩行をサポートするために特別に設計された靴の総称です。
主な目的:転倒予防と安全な歩行の確保
最大の目的は、高齢者にとって脅威となる転倒のリスクを最小限に抑えることです。
滑りにくい靴底やつまずきにくい構造、足をしっかり支える設計により、不安定になりがちな歩行を安定させます。
介護予防靴の具体的な利点
- 怪我の予防:
転倒による骨折だけでなく、外反母趾や靴ずれ、タコ、魚の目といった足のトラブルも防ぎます。 - 安定性とバランスの向上:
滑りにくい靴底、広い接地面積、かかとをしっかり固定する構造が、歩行時のふらつきを抑えます。 - 特定の足の状態への対応:
むくみ、腫れ、外反母趾、リウマチによる変形、糖尿病に伴う足の問題、下肢装具の使用などに対応できる設計です。 - 活動性の維持・向上:
快適で安全な靴は、リハビリを含む活動への意欲を高めます。 - 介護負担の軽減:
面ファスナー(マジックテープ)などで簡単に着脱でき、介助者の負担も軽減します。
特に屋内では、かかとが覆われていないスリッパや滑りやすい靴下は転倒のリスクを高めます。
滑り止め加工が施され、かかとがしっかり覆われた室内用の介護予防靴の着用が推奨されます。
介護予防靴の重要な機能と特徴
安全で快適な歩行のため、介護予防靴には様々な機能があります。
フィット感と快適性
- 正しいサイズ選び:
足長(かかとから一番長い指先)と足囲(親指と小指の付け根周りの最も広い部分)の両方が合うことが重要です。つま先に1cm程度の余裕(捨て寸)があると理想的です。
足の大きさは左右で異なったり、時間帯(むくみ)で変化したりするため、両足を測り、可能なら夕方に試着しましょう。 - つま先の空間(トゥボックス):
足指を自由に動かせる十分な高さが必要です。爪が厚くなっている場合、高さが不足すると痛みの原因になります。 - かかとの安定性:
かかと部分(ヒールカウンター)がしっかり硬く、かかとを安定して支えることが重要です。
手で押しても簡単につぶれない硬さが目安です。かかとを潰して履くのは避けましょう。 - 土踏まずのサポート:
適切に土踏まず(アーチ)を支え、衝撃を吸収し、疲れにくくします。
インソールなどで調整し、軽く触れる程度にフィットさせることが大切です。
安全性
- 滑りにくい靴底:
転倒の大きな原因である「滑り」を防ぐため、滑り止め加工は不可欠です。
ゴムやセラミック、ガラス繊維などが使われ、深い溝があるものが効果的です。
屋内用では床を傷つけにくいノンマーキングソールもあります。 - つま先の反り上がり(トゥスプリング):
つま先が少し反り上がっていることで、すり足でもつまずきにくくなります。
地面から1cm以上、すり足傾向なら15mm以上の反り上がりが目安です。
靴底の先端が角ばっているデザインは避けましょう。
使いやすさ
- 軽量性:
軽い靴は足を上げやすく、疲労感を軽減します。ただし、
軽すぎると安定性が損なわれる可能性も。
活動レベルに合わせて、軽さとサポート性のバランスが取れた靴を選びましょう。
つま先が重い靴は転倒を誘発する可能性があります。 - 履き口の広さ:
大きく開くデザインは足入れを容易にし、手の力が弱い方や装具使用者にとって重要です。 - 着脱のしやすさ:
面ファスナーやファスナーが多く用いられます。かかと部分のループ(引き手)も着脱を助けます。
サポートと構造
- 適度な柔軟性:
歩行時に足指の付け根で自然に曲がる柔軟性が必要です。
硬すぎるとすり足を助長し、柔らかすぎると安定性に欠けます。 - ヒールカウンター:
かかとをしっかり包み込み、安定させる硬い芯が不可欠です。 - クッション性:
適度なクッション性は衝撃を吸収し、足や膝への負担を軽減します。 - かかとの高さ:
安定性優先ならフラットか1~2cm程度の低いものが推奨されます。
歩行補助目的で2~3cm高くても、接地面が広く安定していることが条件です。
素材
- 通気性:
メッシュ素材などは蒸れを防ぎ、皮膚を清潔に保ちます。 - 柔らかさ:
伸縮性のある素材は、外反母趾などで変形した足にも優しくフィットします。
ただし、かかとの安定性など必要なサポートとのバランスが重要です。 - 耐久性・保護性:
屋外使用や糖尿病などで足の感覚が鈍い場合、足を保護する耐久性やつま先の保護性も考慮が必要です。
これらの機能は相互に関連しています。
個々の機能だけでなく、利用者のニーズ(足の状態、活動レベル、使用環境)に合わせて総合的に判断することが大切です。
介護予防靴の種類と選び方の基準
使用場所や目的、足の状態に応じて様々な種類があります。
使用環境による分類
- 屋内用:
軽量で柔らかく、滑り止め加工が施されています。
着脱しやすいデザインが主流で、ノンマーキングソールもあります。
一般的なスリッパより格段に安全です。 - 屋外用:
耐久性の高い素材や構造で作られています。
しっかりした滑り止め機能、衝撃吸収性、保護機能が重視され、撥水加工のものもあります。 - 屋内・屋外兼用:
汚れを持ち込む可能性があるため注意が必要です。
使用目的による分類
- 一般的な日常用:
普段の生活での転倒予防と安全歩行が目的です。 - リハビリ用:
専門家の指導のもとで使用し、安定性、サポート機能、着脱のしやすさが重視されます。 - ウォーキング・運動用:
活動的な方向けで、一般的なウォーキングシューズに高齢者特有のニーズ(安定性、クッション性、滑りにくさ、着脱しやすさ)が考慮されています。
特定の足の状態への対応
- むくみ・腫れ:
面ファスナーなどで調整可能な機能や、伸縮性のある素材が適しています。 - 外反母趾:
つま先部分が広く、柔らかい素材や伸縮性のある素材が適しています。 - 装具・下肢ブレース:
履き口が大きく開き、内部に十分な深さと幅があり、インソールが取り外せること、しっかり固定できるベルトなどが求められます。
耐久性もポイントです。左右で異なるサイズが必要な場合もあります。 - 糖尿病:
神経障害や血行障害がある場合、靴擦れが重篤な足病変につながるリスクがあります。
内部に縫い目がなく滑らかな構造、足を保護するつま先、通気性、クッション性、調整機能が重要です。 - リウマチ:
柔らかく足当たりの良い素材、クッション性、適切なアーチサポート、着脱しやすい面ファスナーなどが適しています。 - 足の変形・痛み:
柔らかい素材、調整可能なフィット感、適切なサポート構造が基本です。
最適な靴を選ぶための基準
- 個々の足の状態の評価:
足長、足幅、足囲を測定します。試着時は、つま先の余裕、幅のきつさ、かかとの浮き、土踏まずのサポート、痛みなどを歩いて確認します。
普段使う靴下や装具着用で午後に試着するのがおすすめです。 - 活動レベル(ADL)の考慮:
日常的な活動量に合わせて選びます。移動が少ない方には軽さや着脱しやすさ、活動的な方には耐久性やサポート力が必要です。
杖などの補助具使用も考慮します。 - 使用環境の再確認:
屋内中心か、屋外が多いかなどを明確にします。 - 特定の健康上の懸念事項の確認:
糖尿病、リウマチ、重度のむくみ、装具使用など、特別な配慮が必要な場合は、対応できる機能を持つ靴を最優先で選びます。
これらのニーズを満たさない靴は不適切、あるいは危険です。
人気の介護予防靴ブランド紹介
代表的なブランドを紹介します。
あゆみシューズ(徳武産業)
- 特徴:
サイズ展開(足囲3E~11E等)と個々の足の状態(むくみ、外反母趾、装具等)への対応力が高いです。
履き口が大きく開き、着脱・調整が簡単。ベルト長さ変更や靴底カスタマイズ、ネーム刺繍などのセミオーダーも可能。左右サイズ違い販売や片足販売も標準提供。品質にもこだわり、年間100万足以上を生産。
代表モデルは「ダブルマジック」シリーズや室内用「早快マジック」。 - 主な対象者:
幅広い高齢者層。 - 特に足幅が広い、むくみ等がある、装具使用、左右サイズ違いなど、既成靴が合わない方におすすめ。
アシックス ライフウォーカー
- 特徴:
スポーツメーカーの技術を応用。歩行安定性、衝撃吸収性(GEL搭載モデルも)、つまずきにくさに重点。つま先の反り上がり、滑りにくい樹脂パーツ、足のブレを抑えるソール構造などが特徴。
履き口が大きく開く面ファスナータイプが多く、着脱容易。夜間の反射材付きモデルも。 - 主な対象者: 日常的に歩き、安定性と快適性を求める高齢者。
スポーティーなデザインを好む方にも。
アサヒ 快歩主義
- 特徴:
「歩くことを医学的に分析」して開発。独自のソール構造「フットオンコントローラーシステム」で体重移動を促し、膝への負担を軽減。
非常に軽量で、つま先の反り上がり、簡単な着脱機能も搭載。全製品国内生産で品質管理も徹底。
丸洗い可能、抗菌・防臭加工で衛生的。豊富なカラー・デザイン、幅広タイプ(5E等)も。
日本転倒予防学会推奨品認定モデルも。糖尿病性足病変に配慮した「アサヒフットケア」ラインも展開。 - 主な対象者:
軽量で着脱簡単な靴を求める方、膝への負担を軽減したい方、デザイン性も重視する方。
その他のブランド
ムーンスター(「大人の上履き」シリーズなど)、ミズノ、竹虎(転倒予防シューズ)などもあります。
リウマチ等にはブルックスやニューバランスの特定モデルが推奨されることもあります。
人気ブランド比較表
ブランド名 | 主な特徴・技術 | 足囲(ワイズ)の選択肢 | 主な焦点・対象者 | 価格帯の目安 | 主な用途 |
---|---|---|---|---|---|
あゆみシューズ(徳武産業) | 豊富なサイズ展開(3E~11E等), 個別対応力(むくみ、外反母趾, 装具), カスタマイズ可能, 左右サイズ違い・片足販売 | 非常に豊富 | 足に悩みを持つ方全般, 特に既成靴が合わない方、装具使用者 | ¥2,000台~ | 屋内・屋外・施設 |
アシックス ライフウォーカー | スポーツ科学に基づく歩行安定技術(GEL,特殊ソール構造), つまずきにくい設計, 軽量性, スポーティーなデザイン | 標準~幅広 (3E相当等) | 日常的に歩く活動的な高齢者、安定性と快適性を重視する方 | ¥5,000前後 | 屋内・屋外 |
アサヒ 快歩主義 | フットオンコントローラーシステム(膝負担軽減、歩行サポート), 超軽量, 簡単着脱(面ファスナー), つまずき防止, 日本製, 丸洗い可 | 標準~幅広 (3E, 5E等) | 軽量で扱いやすい靴を求める方、膝への負担が気になる方、デザインも重視する方、介護施設利用者 | ¥3,000台~ | 屋内・屋外・施設 |
(注記:価格帯は目安であり、モデルや販売店によって異なります )
この表は、各ブランドの特徴を比較検討する際の一助となります。ご自身の状況に最も適したブランドやモデルを絞り込むためにご活用ください。
専門家からのアドバイスと推奨事項
理学療法士(PT)、作業療法士(OT)、医師、ケアマネージャー、シューフィッターなどの専門家の意見を参考にしましょう。
理学療法士(PT)・作業療法士(OT)からの推奨事項
機能回復と安全な動作の観点から靴選びをサポートします。
- ADLに基づいた選択:
利用者の身体能力や生活状況に合わせ、適切な機能バランスの靴を選びます。 - 重視する機能:
安定したかかと、適切な靴底の硬さ、確実な固定(靴紐や2本以上の面ファスナー)、正しいサイズ、滑りにくい靴底、つま先の反り上がりなどを重視します。
リハビリ用途では、軽量性よりもしっかりしたソール構造が推奨されることもあります。 - 推奨される靴の種類:
安定性・サポート性からメディカルシューズやしっかりしたスニーカー、ランニングシューズを推奨することがあります。
スリッパやサンダル、クロックスなどは不向きとされることが多いです。 - 正しい履き方の指導:
かかとを靴の後ろに合わせ、甲をしっかり固定する手順を指導します。
これが靴内での足のずれを防ぎ、安定性を確保します。
シューフィッターからの推奨事項
足の形状や特徴を正確に計測し、合った靴を選ぶ専門家です。
- 精密な計測とフィッティング:
足長、足幅、足囲、甲の高さ、かかとの形状などを考慮し、最適な靴を提案します。 - 足病予防の観点:
外反母趾や扁平足などのトラブル予防・改善の観点からもアドバイスします。 - 相談場所:
百貨店、専門靴店、コンフォートシューズ店などで相談できます。
足と靴と健康協議会(FHA)のウェブサイトで在籍店を探せます。
日本転倒予防学会からの推奨事項
転倒予防に有効な用具を審査し、推奨品として認定しています。
- 認定基準:
滑りにくい靴底、足にフィットする調整機能、つまずきにくい形状(つま先の反り上がりなど)を満たしています。 - 推奨品の例:
竹虎「転倒予防シューズ」、アサヒシューズ「快歩主義 LO11」、マリアンヌ製靴「SaiSaiフットメカニクス」シリーズなどが認定されています。
専門家間の共通認識と相違点
多くの専門家は、以下の重要性で一致しています。
- 適切なサイズとフィット感
- かかとの安定性
- 滑りにくい靴底
- つまずきにくい形状
- 着脱しやすく確実に固定できる留め具
一方で、リハビリ専門職は動作安定性の観点から靴底の硬さや構造を重視し 、シューフィッターは足の解剖学的形状との適合性を詳細に見ます。
転倒予防学会は基本的な安全機能に焦点を当てています。
試着時の最終チェックポイント
専門家のアドバイスを参考に候補を選んだら、必ず試着して最終確認しましょう。
- つま先の余裕(1cm程度)
- 幅(指の付け根がきつくないか)
- かかと(歩行時に浮かないか、ずれないか)
- 甲(適切にフィットし、しっかり固定できるか)
- 土踏まず(軽く触れる程度にサポートされているか)
- 歩行感(痛みや違和感なく歩きやすいか)
- 普段使う靴下や装具を着用して確認
購入場所、価格帯、介護保険について
購入場所
- 介護用品専門店
- 百貨店
- オンラインストア(Amazon、楽天市場、メーカー直販サイトなど)
- 医療機関・リハビリ施設
- 大型スーパー・量販店
オンラインストアは種類が豊富ですが、試着できないためサイズ選びに注意し、返品・交換の可否を確認しましょう。
価格帯
- 一般的な価格帯:
多くは3,000円~8,000円程度ですが、1,500円程度から10,000円を超えるものまで様々です。 - 価格に影響する要因:
高機能、特殊素材、特定状態への特化、有名ブランドなどは高価になる傾向があります。 - 片足販売:
一部のブランドでは可能で、費用を抑えられます。
介護保険の適用について
原則として、介護予防靴、ケアシューズ、リハビリシューズの購入は、介護保険の「特定福祉用具販売」(福祉用具購入費の支給)の対象にはなりません。
- 特定福祉用具販売の対象:
主に排泄や入浴に使う用具(腰掛便座、入浴補助用具など)です。
年間10万円(税込)の支給限度基準額があります。 - 福祉用具貸与(レンタル):
車いす、特殊寝台、歩行器、杖などは原則レンタル対象です。一部、購入との選択制が導入されたものもあります。 - 利用条件:
要介護(要支援)認定、ケアプラン、指定事業者からの購入・レンタルなどが必要です。 - 確認の重要性:
制度は変更される可能性があるため、最新情報はケアマネージャーや市区町村の窓口に必ず確認してください。
介護予防靴は介護保険の購入対象外ですが、高齢者の安全な生活を支える重要なアイテムです。
まとめ:最適な一足で、安全で豊かな毎日を
高齢者の転倒は、生活の質(QOL)や自立度に大きな影響を与えます。
適切な介護予防靴を選ぶことは、転倒リスクを減らし、活動的な生活を維持するための重要な一歩です。
最適な靴を選ぶポイントは以下の通りです。
- 正確なサイズとフィット感
- 必須の安全機能(滑りにくい靴底、つま先の反り上がり)
- 使いやすさ(広い履き口、簡単な着脱・調整)
- 個々のニーズへの適合(活動レベル、使用環境、健康状態、足の状態)
あゆみシューズ、アシックスライフウォーカー、アサヒ 快歩主義など、優れたブランドがあります。
しかし、最適な靴は人それぞれです。専門家に相談し、必ず試着して、ご自身の足と歩行に合った靴を選びましょう。
適切な介護予防靴は、単なる履物ではなく、自立と安全を守る大切なパートナーです。
この記事が、最適な一足を見つけるための一助となれば幸いです。
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